鎌倉古道 第三回 Old Road in Kamakura-era 

埼玉県の鳩山町から所沢迄。
3mを超える延喜3年銘の大板碑の前で兄貴と記念写真。
鎌倉前期の建仁2年(1203)の創設と伝えられるすり鉢状井戸の遺構にはビックリ。
「小手指ヶ原古戦場跡」に辿り付いた時には夕暮れ迫りました
元弘3年(1333)5月鎌倉幕府に反旗を翻した新田義貞と幕府方の金沢貞国らが戦った古戦場。

5月11日前後の2日間に渡って死闘が繰り広げられました。
碑の近くには盛りあがった小高い丘があり「白旗塚」と呼ばれてます。
義貞の本陣が置かれた場所で、源氏の白旗が掲げられていました。


苦林野古戦場跡 まさしく「鎌倉街道」を歩く 道端に大きな「鎌倉街道・上道」の看板が在った
伊波比神社の木彫
(本殿は国指定の重要文化財)(国宝)
延慶の板碑 出雲伊波比神社(いわい)
頼朝が畠山重忠に命じて社殿を修造営した。
「義高終焉の地」は幹線道路脇 堀兼の井
「小手指ヶ原古戦場跡」。狭山茶畑の向こうに小高い丘。義貞の本陣が置かれた場所で、源氏の白旗が掲げられていました
七曲の井。建仁2年(1203)の創設と伝えるすり鉢状井戸の遺構
余りにも大規模で一枚の写真では収まらない。

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